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半額弁当研究家

「なんでもない、ただ欲しがるやつらが争っているだけだよ」大学在学5年間に365日中363日半額弁当取得成功(内1日は元旦休業日)。半額弁当取得成功率99%を誇り、大学で半額弁当研究家として声がかかるはずがまったく声がかからずに現在にいたる半額弁当研究員の研究報告。

半額弁当研究家が半額弁当を狩りに行くようになった理由(ワケ)

「大学を出るとね、体調面で半額弁当を食べ続けるのが難しくなるんだ。」その記憶を覚えている。男は風呂上がりのラフな格好をしていて、半額弁当を目の前にしてもいっさい動じることなく獲物を狩ると1人ニヤニヤしながら自動ドアを出ていくのだ。

 

初めは「好奇心」と「非日常への憧れ」と「金欠」と「自炊の面倒さ」からだった。

 

あれはいつのことだったろうか…初めて半額弁当を取りに行った日のことはいつのことだっただろうか?確か大学へ入った年の秋頃だったと思う。そろそろ冬が近づいてきたという肌寒さはありつつも長袖を着ていれば防寒は問題無いという時期だった。ふと夕暮れと暗闇とが織りなす華麗なアーチ。世界が色を変える。真っ暗になってから僕らの私たちのショータイムは始まることは直感で知っていた。この時間まですっかりなんにも食べてない。でも僕の戦いは夜の戦い。小・中学生ならば補導対象となる夜の10時だ。その時間帯に僕は大学生になって県外へ下宿しているという自由を感じずにはいられなかった。これが自由。与えられるものではなくて自身の手で掴み取るもの。今目の前にあるスーパーには自由へ至るためのものがある。僕に自由と満腹と感動と非日常を与えてくれる。

 

いざゆかん、決戦の地へ。僕は初めて夜中の夜10時のスーパーへ潜り込んだ。実際には半額シールが貼られる時間(ショータイム)の20分程度前に乗り込んだ。今思えば青二才だったと思う。常連となり「半額の貧乏大学生」の異名と言われる存在になった時にはいっさいの時間ロスはなかった。ショータイムの10分前にスーパーに駆け込み、商品をなにげなく物色する。もちろん半額で買おうなどという嫌らしい雰囲気を一切醸し出さずにだ!

「俺はたまたま弁当コーナーの近くを通りかかって弁当のラインナップを眺めているだけだが、なにか」

完璧だ!まさに完璧なのだ!いっさいの動きに無駄がなく弁当を眺めていくのだ。

 

最初はその能力など微塵もなかった。ドキドキだった。俺はいったいどんな目で見られるのだろうか?アニメ「ベントー」の影響を受けてそれにインスパイアされたと思われるではないだろうか?不安だらけだった。当時の僕には不安しかなかった。俺に獲物を狩れる能力があるだろうか、そして無事に食事にありつけるだろうか…

 

そんな思いとは裏腹に幕は切って落とされるのだった。その重々しくも紺色の扉、従業員のみが入ることを許された両開きの扉から男は来たのだった。その熟練工を思わせるがごとく刻まれた皺と半額シールを貼り続け鍛え抜かれた腕が腕まくりしている袖口からこちらを覗く。恐怖はなかった。その時にはもう不安もなかった。ただなにが起こるのかをひたすら逃すまいとして眺めていた。

 

「後悔はない。これから起こる戦いに、これまでの戦いに、僕は後悔はない」

 

男は慣れを超えた熟練の域で弁当コーナーと惣菜コーナーを眺め、散らばった商品を1箇所に集中させていく。そしてその時は来た。

 

「ピッ!」

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

従業員がお弁当のバーコードを読み取り、装置から出てきた半額シールを貼っていく。

俺の心臓の鼓動が高鳴る。これが…噂の…これが伝説のハーフプライスラビリングタイムというやつか…アニメのとは随分違う。これが現実か。

 

なんだこの状況は…手を伸ばせば手が届く…とれるぞ…幸い周りに人はあまりいない。だが。でも。なんだこの状況は。

「どうしてお弁当の値段が半額になるんだ?!!」

その疑問が胸を射抜いた。世の中には価格がある。それは貨幣との等価交換を示したものだ。しかし、今起こったことはなんだ!その価格をいとも簡単に半額に落とした。世の中に価格を決められるものなど存在するのか?目の前にいる。こいつは一体なんなんだ。そしてその半額の弁当を取ろうとしている俺はなんなんだ。俺は一体何者なんだ!誰かその答えを教えてくれ!哲学的な問いに絡め取られがんじがらめにされて身動きがとれなくなくなる。

 

この答えを教えてくれるとしたら目の前にあるこいつだ。半額の「紅鮭弁当」。この弁当は普通の「紅鮭弁当」ではない。半額の「紅鮭弁当」なのだ。この一瞬で存在価値である価格を変えられたのだ。どうして一緒のものと思えるだろうか?いや確かにこれは以前の紅鮭弁当なのだ。だがこれが本当に同一と言えるのか?

 

とそんなことを考える間も無く、僕は半額弁当に手を伸ばし、弁当の上部を鷲掴みにした。そして指の筋肉に指示を出した。「掴め!」と。そして掴んだ!そして伸ばした腕を引き戻した。体は伸びた状態から正常な状態に戻っていく。今までの状態が全て異常だったのだ。そのお弁当をカゴに詰めた。

「やった!…ん?やったのか?」

疑念と確信がない交ぜになっていく。そして確信に変わった。決まりだ。この状態は「確保だ!英語で言うならkeepだ!俺は確保者だ!俺は確保者なのだ!英語で言うならkeeperだ!」

 

だが再び疑念の渦に刈り取られる。

「果たして本当にこれは半額なのだろうか…」

それはそうだ。価格が一瞬にして半額に変わるんだというでたらめな状況があってたまるか!それでは市場経済が滅茶苦茶になってしうじゃないか!これを商品購入ゲートに持って行くまではこの疑いは晴れない…もしかしたら僕が認識している「半額」という文字が他の人からは「倍額」と見えているかもしれないじゃないか。僕の世界が他の人の見ている世界とどうして同じと言えるだろう?僕は自信がなかった、当時の僕なんて自身のなさの塊だった、自己否定の塊だった。

「だめだ…白か黒か試す勇気なんて…願わくば通常価格のグレーゾーンであってくれ。」

だが動き出した列車はとまらなかった。次々とゲートに人々が飲み込まれていく。次々と人々が等価交換を成立させていく。そこになんの笑みも感情もなかった。ただひたすらあたりまえの日常が映し出されているだけだった。そこに恐怖を感じずにはいられなかった。

さながら最後の審判を受けるのが私のような気分だった。

「死ぬのなら潔く死のう…滅びるのなら滅びてしまおう…こうなったら、ここまできたら腹をくくるしかない。」

そう決めてからは僕の心はすっと波が引いたように静かに平静を取りもどした。採光が光り輝くこの店内で僕は全ての人の呼吸と心臓音が聞き取れるがごとく研ぎ澄まされていたわけはないけれど、舞台は整っていた。

「さあ、始めようか!パーチーの始まりだ!」

そしてその時は来た。等価交換の始まりだ。人はなにかの犠牲無くして前に進むことはできないのだ。

その店員はひどくこなれた手つきとふるまいを見せていた。まるで千手観音のように思えた。こいつの手の軽やかさは一体なんなんだ。その男にこのスーパーの常連である証明証を手渡した。男はその証明書を見るや疑うこともなしに機械に証明書のバーコードを読み取らせた。

無機質な読み取り音が響く。「ピッ!」

そして男は証明書を私に返却した。そして物をよこせと言わんばかりに僕のカゴを引き寄せた。空間移動が始まる。次元の狭間…その機械の読み取りの前後には明らかに境界があるのだ。境界の境目と果てには一体なにがあるというのか?そんなことを思う隙もなく男は僕の買い物かごの「おーいお茶」と「みたらしだんご」と「紅鮭弁当」と読み取った。そして審判はくだった。

支払いをすました。僕は袋に勢いよく詰めると逃げ去るようにその場を後にした。そして店内の入場ゲートをくぐろうとするまさにその時、自動ドアが開閉を繰り出したその時だった。

「買った!」

僕はほくそ笑んだ。だめだ、まだ笑うな…まだ店内を完全に出ていない。自動ドアに足を踏みかけた時だ。自動ドアから体を出すというその時に勝ちを宣言しよう。

一般人ども、お前たちは綺麗に買おうとしすぎだ。夜中の世界を覗こうとせずに昼の世界で生きようとしたお前たちには罰として通常価格がつけられたのだ。Lなら「みたらしだんご」ですら半額で買おうとしただろう…ニアおまえは綺麗に買おうとしすぎだ!そして僕は半額弁当界の神となる!

「ウイーーーン!」

「ニア、僕の価値だ!」

 

…………

そして男は自転車で家に帰って行った。